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リクルートを辞め一転、ニート生活に

そんな気持ちを抱えながら過ごしていた、忘年会真っ只中シーズンの12月頭。

大好きな高橋くんとゴルフレッスンの帰りの道中、寒い中2人で時計台の前を通りすがった時、

ほんとに何気ない会話の中で、
高橋くん、僕、会社凄く凄く凄く凄く楽しくて不満もなくて幸せなのですが、

何か僕にはもっと可能性があるんじゃないのか、
もっと情熱的にできることはあるんじゃないのか、
もっと今しかできない何かがあるんじゃないのか、

って、

心の奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥のどこかで、

僕たまに思ったりするんですよね、

なんてって話したら、

「うん、じゃあ会社やめなよ。」

え。

Picture by Ryan McGuire

そういうのって、とりあえず止めるもんじゃないの?色々話聞いてくれるもんじゃないの?

と思う僕に追い打ちをかけるように、

じゃ、明日佐藤編集長に言いなよ、っとけらけら笑って、
とりあえず寒みぃーし、ラーメンでも食おうぜという高橋くん。

そんなこんなで次の日四半期面談が入っていた佐藤編集長と話すことになり、

辞めようかと考えています、と伝えると、

とりあえず主張はわかったんだけど、

で、辞めて何するんだ?と。

あ。。。。

辞めて何したいんだっけ、自分。

えー、僕どしよどしよどーしよと辞めてとテンパる僕。

あ、え、うーんと何するんでしたっけ、今後。

辞めたい理由も特にないんですよねー、、、、と。

何せ、辞めることになったの何も会社に不満ないのですが、、、、

と昨日高橋くんに相談しただけなのに、辞めさせられる方向になってしまいまして、

とも言えず、、、

あ、そういえば、てゆーか高橋くん今後の展望何も聞かなかったよな、そーいえば。

先輩なら、順番としては相談聞いて、今後どうするかとか聞いて、

なら、辞めたら?だよな、

あの人、相談したら、何も聞かずに辞めなよって、、、、

やっぱり高橋くん今思えばTOEIC990点取れても、

日本語たいして上手くなっかたし、
ギャンブル、スポーツ雑魚だし、
ボーリングだってカスだし絶対バカだったよな、きっと。

もう一度考えてみなさい、
と当たり前の結果に面談は終わり、じーくり自己分析して考えることに。

そんな人生の将来に悩んでいるとき、
たまたまネットサーフィン中にアメブロで出会った上村さん。

上村さん通称チャンカミ。

肩書き、コーチング、コンサルタント。

うん、僕の嫌いなジャンルの人。

胡散臭いよね、なんだか。
いつもだったらスルーだったのですが、なぜか彼のブログを読むことに。

何でもできるって言われたら、何したい?

心の欲求に正直に。

などなど

とても素敵な文章で、タイミングもあって僕にグサり。

思い立ったら行動が早い僕は、
すぐ連絡を取り、東京へ上村さんに会いに東京へ。

インターネットって便利だね。
すぐ連絡来て、すぐ会えることになったよ。

あ、ここでいうと、僕はお客さんだから当たり前か。笑

Photo By Alejandro Escamilla

渋谷のセルリアンタワーのカフェではじめましてを済ませ、

知らない人に現状の諸々の悩みを相談。

上村さんの雰囲気と、知り合いじゃなないからか、包み隠さず報告。

悩みを一通り聞き終わると上村さんから、

うーん、じゃあさ、

とりあえずこの人には勝てないやとか、

この人ってすげーーーー!

まじかよ、おい!!!!!!

みたいな人に会ってみたら刺激とかもらえたり、色々変わるんじゃない?と言われ、

そんな人がいるなら会ってみたいです、と返答。

そしたら、その人はバリ島にいるんだけど、平気?と。

バリ島???????

おいおい、札幌から東京でもかなり距離あるのに、

赤道の近くでまで俺人に会いに行っちゃうの?
それこそ俺がまじ?それ!
的な人なんじゃないの?

なんて若干の疑問を持ちながらとりあえず行ってきます、と返答。

会社に有給を申請し、長期休みをいただき、

とりあえず、バリ島へばビューん。

Picture by Ryan McGuire

東京から飛行機で7時間半、5500キロ。

初インドネシア。

到着してさらにびっくり。

おいおいおいおい、

札幌からバリ島に来ただけでも遠いっていうのに、
その凄いお方はバリ島のデンパサール空港から車でまさかの4時間という奥地に住んでいるという。

北海道でいったら札幌在住じゃなくて、
紋別とかのど田舎じゃねーかよ?

常夏、バリ島。

とっびっきりのインドネシア人の笑顔と綺麗な海。

既に好きかも、インドネシアという気持ちになりつつも目的地へ到着。

兄貴に会い、その明るさ、豪快さに驚愕。

豪快な笑い声、中卒なのにバケラッタ級の金持ち。

とんでもない方もいるもんだなー、と思った。

バリ島の雰囲気にプラスして兄貴に会って僕の心は踊っっていた。

兄貴の周りには、商売人の方々がたくさんいてサラリーマンとは違う刺激もたっぷり。

数日間の間だったが、毎晩毎晩朝まで商売の話で楽しそうにしている姿に衝撃。

よし、僕も!!!!!!

と思い、札幌に帰国し、編集長に辞める理由ができました、と直訴。

もうこれはダメだ、と思ったのか、承諾してくれ人事部面談へ。

人事部面談でも世間一般の言われる「当たり前の常識」や「世間一般の価値観」を言われるものの、

もう決めましたという一点張りで突破。

GM面談では、
山田GMがまさかのおもいっきりやってきなさい、と応援をしてくれ、感激。

お客さんの引継ぎしたり、諸々事務作業したり3ヶ月くらい時間はかかったけど、そんな感じで退職。

晴れて、僕はついに僕は起業家に!!!!!

じゃなくって、ニートに。。。。。。

Picture by Ryan McGuire

ああ、そうだ僕って夢、希望、期待は胸いっぱいだけど、現実的には仕事なかったんだっけ。。。

これから何しよう。。。。

あ、とりあえず失業保険もらいに、ハローワークに行かなくっちゃ。

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退職してからの日々。
はじめてのニート生活。

———————————–

2011年3月末に仕事を辞め、何しようこの先。

せっかく自由になったんだし、今後の人生プランを立てよう。

おい、自分。
一体、何が俺はしたいんだい?

自問自答しようにも、
今までこんなに時間を持て余したことがなかった為、
せっかく自由になったのに何も思いつかず、

とりあえあず今までできなかったことして遊んでおくか、と楽しんでいた、3週間目のある日。

たまたま街角のアンケートを書くことに。

学生、会社員、主婦・・・・その他。

僕は、

あ、、、僕って何の今カテゴリーなんだ???

ずっとその先を見ていくと、

あ、、、、、、

見つけた。

僕は、「その他」なんだ。

はじめて、学生でもなく、会社でもなく、
何も後ろ盾がなくなったことに対しての不安、恐怖。

物心ついた時から幼稚園~大学まで22年間学生というカテゴリーの中にいて、
学生を卒業してからちょっと前まで会社というカテゴリーの中にいて、

ごく当たり前の様に、学生だったり、会社員ということを当たり前の様に言えたのに、
今の僕は何にもカテゴリーに所属できない人なんだと、どうしようもなく不安に。

前に進もうと会社を辞めたはずなのに、
自分で何かしたくて会社を辞めたはずなのに、
周りの友達だけが進んでしまっている様な精神状態に陥り、

このまま日本にいてはダメだと思い、
辞めるきっかけになったバリ島に再度行ってみようと決意。

あそこにいる人達なら、
毎日楽しそうに仕事をしていたし、きっと何かあるはず。

俺、海好きだし、バリ島好きだし、
ちょっと1ヶ月くらいロングステイしてみようと、そんな感じで出発。

月3万円の素敵なアパートも見つかり、
のらりくらり、バリ島で色々な方に会ったり話聞いたり、のんびりしたりし、

ハローワークが収入源の為、
その申請のタイミングで日本に帰国。

バリ島にいると、のんびりしていて、肩書きや収入なんかも気にせずバリ島で楽しんでいる方々がいて、
日本のハローワークにいると、必死に仕事探して、嘘並べて面接受ける相談していて。

ハローワークでもらえる失業給付金がもらえる半年が過ぎた頃、

25歳にもなり、
このままだと本気で俺の人生やばいんじゃねえの?

そんなことを思わざるくらいどん底まで落ち込んで。

結局、自由だなんだってほざいてるくせに何もできねえじゃん。
めっちゃ自分だせえ。

そんな思いから友達にも親にも誰にも会いたくなくなって、

何しているの?今なんて聞かれるのが怖くて怖くて。

なるべく居心地が悪くならないような人達と過ごして、
頑張って夢追っている人のこと小ばかにして。

気が付けば、こんな大人になりたくないって思ってた大人に、
自分がそのままなっちゃってた。

まじでこのままじゃ本当にやばいって、思ったね。

————————–

でも25歳だしまた会社員にここで戻ってみんなに、

「ほらね?あのまま続けておけばよかっただろ?」なんて言われるのは絶対嫌。

そうだ、師匠を決めて弟子入りしよう!

————————————–

僕は、まだ経営のけの字もわからないし、やることも決まってない。

どうやら港では、「メンター」という人を見つけて、
その人に色々教えてもらって、成長していくというのが流行っているらしい。

よし、じゃあ僕もメンターというものを探してみようと思い、

現在いる師匠に、メンターになりそうな方々をリストアップ。
ネットを駆使して色々な人にも必死に会いに行ったり。

その結果、2名の候補者を選出。

・バリ島の兄貴経由で紹介してもらった蟹屋の大富豪田辺さん。


・バリ島で会った三重で何業種も幅広く商売をしている田口さん。

三重まで会いに行ったり、札幌の田辺さんのご自宅で居候させてもらったり。

人生の大きな決断に、びびって決められない僕。

知恵熱をだしそうなくらい考えに考え思いついたのは、、、

上村さんに相談。

上村さんに相談すると、

・金が欲しいのか、
・商売のネタが欲しいのか、

それともその両方が欲しいのか、考えてみな。

そしたら、自分にとってどの先輩が適任かわかるでしょ。

凄いお二人なんだから2人とも秀ちゃんのあいまいな態度に、悩みに気付いているよ。

失礼なこと、不義理なことだけはするなよ、と。

僕は、

・金と商売のネタの両方が欲しい。

僕は、本気で変わりたい、勉強したい。

だから、会社を辞めたんだ。

蟹の事業は好きかもわからないし、他業種に渡って商売したいよな、

それに田辺さんはとっても仲良くて居候もしているし、

それに比べて田口さんは目の上のたんこぶ的な存在。

多分、苦手でちょっと怖い人と一緒に仕事した方が僕は成長する気がする。
田辺さんといたら、なあなあになってしまって、成長が遅くなる気がする。

と、結論をだし、田辺さんの元へ。

僕、田口さんの元で修行しようと思いますというと(田辺さんと田口さんは知人)

がハハハハハと豪快に笑い残念だなぁ、この俺様を蹴って田口さんのところに行くんだから、

もう俺のとこには来るなよ、頑張っておいでと大量の酒を飲ませてくれた。

田辺さんは肩書きも仕事もない僕に真剣に向き合ってくれて、
自宅にまで泊めさせてくれ、くだらない話や真剣な話などたくさんしてくださり、
強烈に嬉しかったのを今でも覚えている。

田辺さんとバイバイして、田口さんにメールを送信。

「田口さんの元でお金持ちになる勉強させてください」

そんなメールを送るとすぐ、ブーブーと返信。

「ほな、はよ荷物持ってバリ島おいで。待ってるでー、と。」

あ。

僕の住む場所がメール1通で決まった。。。

そっかあ、バリ島かあ。

よく色々な人になんでインドネシア選んだんですか?とか、
高度経済成長がどうのこうのでとか、平均年齢がとか言われるけど、

本当に何にも考えていなくって、

ただ単にメール一通で、はよバリ島おいでや、って言われたから。

シンプルで単純。

師匠と決めた人に、来いと言われたから。

単純にそれだけ。

よく怖くなったんですか?とか、
なんでそれだけで会社辞めて行けたんですか?とか、
なんでそれだけでバリ島に住むこと決められたんですか?

凄いですね!!!

とか言われるんだけど、

怖いに決まってる。

めっっっっっっっっっっっっっちゃ恐怖。。。

どうなっちゃうの僕?って。

1ヶ月住むとか、ちょっとロングステイとかじゃなくて永住?

Picture by Ryan McGuire

もの凄く怖く、ご飯もなかなか喉を通らず、不安で寝れず、何をしたら良いのかわからず、
この選択が正しいのか疑い、自分ことを疑い、自己嫌悪に陥り生活していた。

何度も何度もやっぱり海外に行くなんて無理だ、
サラリーマンでいた方が道を外さなくて良い。
今ならまだ謝れば戻れるんじゃないかな?

と僕が僕に言い、

もう一人の僕が僕に言う。

ずっと挑戦しない人生でいいの?

って。

思えば、24年間ずっと挑戦しない周りに流されてばっかりの人生だったよな、俺。

そこそこ勉強もスポーツもできたけど全部中途半端で、
夢なんかなくって、
目標も達成できなかったことのことばかり考えて決めなかったり、
発表は周りの目を気にしてしなかったり。。。

そんな自分って、ダサいよな。

頭がぐちゃぐちゃになり、
何を考えて良いのかわからなくなり、
ただただ怖いという感情だったので、

大きな真っ白な紙に

何が不安なのか、何が心配なのか

今後どうしたいのか、どうなりたいのか。

を書いてみた。

どうやら、僕はいつも不安や迷った時には、
真っ白な画用紙に思っていることを書くクセがあるようだ。

不安なこと

・収入がなくなる
・肩書きがなくなる
・親から見放される
・友達から馬鹿にされる
・将来が不安

僕は、どうしようももなく、不安で心配で困っていたのに、
理由を探したら、理由を書き出してみたら以外にもこれしか思いつかなかった。

なので、これを1個1個検証していった。

・収入がなくなる

→とりあえず100万ちょっとあるし1年位は収入なしでも大丈夫。
その後もしやばくなったらもう一回就活して再就職するだけだね。

・肩書きがなくなる

→怖いけど、既に肩書きなしだからまあ一緒か。

・親から見放される

→正直親は心配するだけでそんなんで見放されはしないな。
毎日泣いている姿見るより毎日楽しんでいる方が親は幸せそうだよね。

・友達から馬鹿にされる

まぁ馬鹿にされてもいいか。
むしろ楽しんでくれそうだし仲良いのはきっと応援してくれるだろうし、関係性は変わらないな。

・将来が不安

→1年間でインドネシア語が話せるようになれば、
インドネシア景気良いらしいし、どこか就職できるだろう。

インドネシアに行った経歴を面白がってくれる方もいるだろうし、まあ30歳前ならなんとか再就職もできるか。

そんな感じで、問題を紙に書き出してみたら、意外にもそんなに悩みは多くなくて、
なーんだ頭ぐちゃぐちゃしているけど、今悩んでいることはこんなもんなんだという感じになり、ちょっと頭スッキリ。

じゃ、今からまた就職してみたら?と自分に問いかけてみる。

・まだ25才だし、リクルートでの経験もあるので、ある程度の条件っで営業職にはつけそうだけど、今ではなく、せっかくだから挑戦してみてから再就職でもいいよね。
・このまま30歳になっていくと様々な挑戦できない理由が増えて来て、挑戦するのが難しくなる。

といいう感じで自己対談をしていくと、

そっか、とりあえず挑戦しないで再就職する理由は探せば探すほど見つかるけど、

とりあえず30歳までは転職の融通もきくっていうし、その頃にはお金も肩書きもないかもだけど、
語学も話せるようにおなってて、経験も幅も今より増えるし、どこか転職できるんだろうな、と。

んー、じゃあワクワクドキドキするし、行ってみようと決断。

子供のころに感じてた、ワクワクドキドキ、そんな感覚。

肩書きもない、毎日やることもない、上司もいない、時間も関係ない、うん僕は、自由だ。

30歳になった時に、「納得の20代だった」と思えるように。

そんな気持ちで冒険へでてやるんだ。

>>つづき、「バリ島からジャカルタへ、ビジネス」

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