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ビジネス拡大!今とこれから

そうと決まれば、
可能な限り稼がねば。

Picture by Ryan McGuire

周りを見渡すと
ままがたまたま内装会社を経営していて、

日系企業に絞って、
営業代行をさせてもらえないか?とお願いをした。

条件は、
完全歩合制で良いので、自由にやりたい。

完全歩合ならと、
断る理由もなくあっさろOKしてくれた。

補足になるのだが、
インドネシアは当時完全にフィーバーを迎えており、
日系企業の進出企業が多く(日系企業に限ったことではないのだが)
ビル、オフィス、飲食店の新しいものがどんどんどんどん立っていた。

なのに僕が知っている限りでは、
日系の内装会社は3社という、数えるほどしかなかった。

駐在の方はインドネシア語は当然のことながら英語も得意でない方も多く、

少し高くても、

日本人にお願いしたい
日本人がいないと信用ができない

という考えがあることは既にわかっていた。

それは僕自身店舗を作った時に、
細かいニュアンスや専門用語の単語が伝わらず意思疎通が難しいということもあったのだが、

根本的に、

・言ったことをやらない
・納期に遅れる

といったことが頻発していたからだ。

やってみると見事に思惑通り、
ジャカルタの日本人ニーズに合致。

僕も最初は完全に素人だったので、内装のこと知らねーじゃんこいつ
とたくさんの方に思われたと思うが、

何でも、
「できます、できます、やります、やります!!!!!」

って言ってたらまさかの誰もが知っている超大手の受注取れちゃってさ。

やっべ、で、これ本当に大丈夫なんだっけ?
というか、こんなの本当にできんのかよ?

なんて思ったけど、

会社戻って明るく報告したら、
こんな納期の期間じゃできないよ!とか、
こんな材料ムリだよ!とか

色々案の定言われてさ、

ごめん、どうにかやって!!!

ってご機嫌とったり、
お願いお願いってお願い連発攻撃したり。

すいませんやっぱりできませんでしたって謝りにお伺いした企業もあったけど、
笑って許してくれたりした会社さんもあったよ。

当然のことながら、
呆れられてそれっきりって企業さんもあったけど。。。泣

だんだん慣れて来て、
電気の配線以外のことにかんしてはなんとなく理解できるようになってきたよ。

ある時、もう超が付くほどのビックプロジェクトの話が舞い込んできてさ、
今後お前はずっと内装会社としてやってくのか否か、みたいに迫られちゃって。内装会社っていうと響きがちょっとって感じだけど、「インテリアデザイナー、インテリアプランナー」なんて言っちゃったら、

かっこいいよな、それと内心思たりも若干したけど、

今回、1回目のこのプロジェクトが成功したら、
一部上場の超大企業の今後をずっと、みたいな話で。

かなりの額の確保が見込めそうだったんだけど、
今後ずっと、インドネシアで、内装会社を、
となった時に、さすがにこればっかりは軽はずみで、

「やります、やります!!!」

なんて言えなかったよ。

上手く受注が取れて
それなりの紹介料いただいてさ、順調にやってたんだよ。

大企業のフロアーの工事で2億円のコンペのプレゼンまでして、
最後の最後で大手ゼネコンに負けた時は、悔しかったなぁ。。。

そんなことをしていると何個も話があってさ、
その中の一部を紹介するね。

バリ島のほとんどのウエディングの結婚式を撮影しているという仲間から
ジャカルタ進出したんだけど、一緒にやらない?
って言われてジャカルタ撮影事業一緒に作ってみたり、

友達から紹介されるアテンドを、
日当5万ってやってみたり。

日当5万って破格だと思ってたんだけど、
意外や意外、やってくれる人もいてさ、

インドネシア語話せて、
インドネシアのことちょっと詳しいだけなのに。

びびったよね。

4日間アテンドなので、
20万になっちゃうんですけど?

なんて言ったら、OKでちゃったりさ。

Picture by Ryan McGuire

それだけお金貰うと、
よし、希望応えなきゃ。
ってなるよね。笑

そんなんで4、5ヶ月で数百万お金稼いでいったよ。

その頃ワヤンくんはというと、事業も順調みたいで、
ラーメンにまつわるゲームをたまたま作っていてさ。

ラーメンってこうでこうでこうやって作るんだねー、
ラーメンってこうやるとお客さんは喜ぶんだねー、

って一緒になって楽しく話しててさ。

そんな時たまたまバリ島の知人から連絡が来て、

バリ島でラーメン屋をやることが夢で
厨房器具から何まで日本から持ってきたんだけど、
パートナー関係が上手くいかず開店資金も足りなくなっちゃって困っている。

今は自家製麺を作って製麺屋として生計を立てているんだけど、
麺の販路をジャカルタで広げるとか、何かできないかな?

という内容。

すぐさまワヤンくんに相談すると、
ネットでお客さんのことラーメン作って喜ばせられるんだから、
リアルでもお客さんのこと喜ばせられるんじゃないの?

っていう様なことで盛り上がり、

ラーメン屋っていくらかかるのかわからないけど、
バリ島に行くことに。(ジャカルタからバリ島までは往復1万2千円とかなのです。)

バリ島に行って話を聞いてみると料理に対して思いが熱く、
夢に対する熱い気持ちっていうのがひしひし伝わってきたんだよね。

1回彼の作ったラーメン食べてみたかったんだけど、
厨房が用意されていないとラーメンは作れない

という当たり前の理由から食べられず。

実際にインドネシアでラーメン屋もやったことないから、
本当に美味しいラーメン作れるのか、不明。

そんな状況ではあったけど彼を応援したい気持ちが僕は強くて、

バリ島であるならば興味はないけど、
ジャカルタでもやってくれるのであればぜひやりたい。

そうワヤンくんと決断し、オファー。

彼はその要求を受け入れてくれ、
バリの住居をジャカルタに住居を移すことも決定。

2013年11月二転三転色々大変なこともありつつも、
無事にオープンできたよ。

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現在も絶賛営業中なので、
ジャカルタに来た際には一杯食べに来てくれると嬉しい。

厨房がないからオープンする本当直前まで

誰もシェフの味を試したことなくて、

物件3年契約したり、
内装工事入れたりで、
もう引くに引けないとこまで来てて、

神様、
どうか凄く美味しくなくても良いので、
どうか普通なラーメンが出てきますように!

なんてお願いしてるくらいだったけど、
初めて食べたとき、
それはもう、めちゃくちゃ美味しくて、ハイタッチしたよ。

オープン直前までラーメンの味を知らずに、
ここのラーメン屋は絶対流行るよ、

なんて言ってたんだから、笑っちゃうよね。

その後製麺の営業もスタートして、
ジャカルタの居酒屋さんとかラーメン屋のお店にも麺を取ってもらって、
ラーメンの売り上げだけではなく、麺の売り上げも安定的に入ってきていい感じになったんだよね。

今、振り返っても計画性全然ないよね、うん。笑

Picture by Ryan McGuire

そんな感じでちょっとずつちょっとずつだけど、
ジャカルタでの基盤が出来ていったんだ。

ラーメンばっかり食べ過ぎて、
ワヤンくんが既にデブなのに、よりデブになっちゃったんだ。

毎日ラーメンを試食という仕事なのか、
食べたいから食べているのか不明な状態だったけど、

毎日ラーメンラーメンラーメンでさ。

俺も2週間毎日俺もラーメン食べ続けたよ。笑

Picture by Ryan McGuire

「ちょっと太りすぎちゃった」なんてワヤンが言ってて、
いやいやちょっとじゃねーだろ?むしろ昔から変わらず太ってるよ!なんて思いつつ、

華僑の人ってお腹出ている人たくさんいるよなー。
お金もいっぱい持っているし、
華僑のお腹デブコンプレックスがあるとしたら、マーケットは大きいよね。

インドネシアは完全に車社会でどこに行くにも、
ドア to ドアで車なのです。

だから歩きもしないし、インドネシアは油ものが多い。

運動をしにジムに行けばよいのだが、
人間そう簡単にジム通いは続かないはず。

ねえねえ、もしさ簡単に大変な思いもせず
寝てるだけで痩せられたらちょっと高くても通う?

そうワヤンに聞いてみると、

通う通う、絶対通うよ。

ふむふむ、なーるなーる。

サロン立ち上げの経験も過去にあるし、
そうと決まればすぐ情報収集。

ジャカルタには、日系サロンが僕がこないだ作った脱毛サロンのみしかなく、
当然のことながら痩身サロンはジャカルタにはなし。

合わせて最近日本で流行っている、
マツゲエクステもやってみたらどうかな?なんて思いついて。

当然マツゲエクステもまだなし。

失敗しても死ぬわけじゃないんだし、
とりあえずやっといた方がいいっしょ。

ってな感じだったんだけど一応、

今後、巷のうわさでは、
どうやらこの国は景気が非常によくなるらしい。

GDPとかなんちゃらかんちゃらは偉い人に任せておけばいいとして、
僕がわかることはとにかく、人口が多い、若い人が多い。

所得が増えると、
美容にお金を掛ける人が増える。

いける!!!!!!!!!!!!!!!!!

Picture by Ryan McGuire

こんな意味不明な誰もが考え付く方程式も作ってみて、

よーーーし、やるかと決定。

僕の意思は決定しても、
肝心のお金がない。笑

インドネシアで商売したことある人なら周知の事実なんだけど、
インドネシアでジャカルタでの店舗型商売は、日本以上に初期投資がかかるのです。

なんて言っても家賃2年分3年分は当たり前の世界だからね。

でもここが肝心なのですが、

きっと何かをするとき、

まず方法とかやり方っていうのを大多数の人が考えていると思うのですが、
そんなのよりもっと大事なのは、決めるという、やるという【覚悟】

きっと方法ややり方っていうのは覚悟の後からついてくるものだと思うのです。

この方程式通りに覚悟を僕は決めると、

日本ではなく風上インドネシアにいるというのも追い風になり、
素敵な人が現れ、協力してくれる人が現れ、一緒にやってくれる人が集まり。

お金も僕の要望する条件で集まって、
後は必要な人と場所と探して、準備してやるだけ。

場所は店舗選びをする際にかなり大事。
どこにしようか、毎日ジャカルタ市内をぐるぐるして、
物件探して、家賃交渉をして。

ジャカルタは色々な店舗が出店したがってて、
良い物件は高くてもすぐ決まっちゃうから借主に困ってなくて、

実績ない僕はまず担当者と会って話するだけでも凄い大変だったよ。

まずは企画書持ってきてとか、
居留守使われたりでアポ取るだけでも一苦労。

最初は小さくても少額でも良いから
絶対に利益出したい。

利益が出ていると、
投資してもらえたり、
FC展開もできる。

僕は一発を当てる店舗を探すのではなく、
少しでも良いから確実に確実に利益が出る店舗を探し続けた。

焦らなくていいから、ゆっくり確実な店舗を。

そしたらいい感じの物件と出会って、
ここだー、ってすぐ決めたんだよね。

スタッフの採用して、
日本に連れてって研修して、
日本からトレーナー呼んで、
毎日朝から夜まで準備準備準備準備準備。

サロンの裏の歩いて徒歩1分の現地人が住むような家にも住み込んで
朝から晩までずっとサロンのことを考えていたよ。

スタッフと一緒に屋台のお店食べて、
毎回と言っていいほど腹壊したり、
ローカルの人が乗る乗り合いバスで一緒に移動したり、

とにかく相手の考え、文化、色々なものを理解しようとしたんだ。

誰だって一緒に働くのに、
一方的にこれやれじゃ言うことも聞きたくないよね。

給料を支払うから言うこと聞けっていうのもわかるけど、
スタッフに働いてもらって売り上げが立つんだし、
自分がインドネシアで働かせてもらっている立場だし、
お互い何でも言い合えるフェアーな関係でいたいよね。

あの時採用したスタッフは今でもほとんど中心人物になって今も働いてくれてるけど、
私達が一緒になってエステサロンを作った、って気持ちで思って仕事してくれてると思うんだ。

実際本当にその通りで、きっとおいおいうちのボス本当ばかで、
何にもできねーじゃん、ってスタッフ思われたと思うけど、

でも意外といいやつだし、裏切れないよね、
これからも一緒に働きたいなって思ってくれたらそれが嬉しい。

だって本当に、俺なんにもできないんだもん。笑

そんなこんなで色々な人のお陰で
2014年3月に無事にエステがオープンできたよ。

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そんな感じでオープンしたサロンも順調に推移を続け、
1年半経過した現在は4店舗になっちゃったから、
必然的にスタッフ全員と会う時間も少なくなっちゃったけど、
なるべく会う時間を増やして、一緒に笑ってたいね。

5店舗目6店舗目も物件決まってるから、
慎重に、冷静に、かつ大胆に勝負今年もしたいと思っている。

何かが成功すると、
色々な話も来るようになるし、
使えるお金、動くお金の規模も大きくなるから、
注意しなくちゃいけないって最近は常に思っているよ。

自分が究極のど貧乏になっても、
何がなんでも一度雇った人のお給料は払わなきゃいけないしね。

現在ははジャカルタだけではなく、
地方都市をも攻めるべく、現在奮闘中。

そんな地方戦略を考えていたころ、
まだ25歳の子なんだけど超エリートの証券会社の子が会社を辞めて、

「海外起業したいです、ちょっと勉強させて下さい!!」

Picture by Ryan McGuire

ってある日目つきの悪いチンピラが訪ねて来て、

昔の自分みているみたいで、
「うおー、頭わりぃ、こいつっ」て笑っちゃった。

数カ月後もしくは、数年後には僕の元から離れるんだろうけど、
僕が知っているノウハウ、人脈は全て必要なら惜しまず提供している。

1店舗教えながら立ち上げを一緒にやり、
地方都市の立ち上げを完全にお任せしている。

日本人がほぼいない都市に一人で行き、
一緒に遊ぶ友達なんかいない状況に飛び込み、

将来の為に黙々と準備をしている。

完全全てをお任せしているから、
人のせいにもできないし、スキルも着くと思うし、
実際の流れもわかるし、売り上げから利益諸々知ることになるから、

きっとかけがえのない経験が出来ているはず。

一人でやっているからきっと
寂しくて辛くて嫌で嫌で
逃げ出したくなったりすることばっかりだろうけど、

絶対いいことあるから、
がんばれ、チンピラ。

その他にも、色々な話やお誘いが来るから、
その中でも自分がワクワクしたり、
楽しそうって思えるものを選んでやっているよ。

やっぱり俺は、、

自分が楽しくないのに、
自分がワクワクしないのに、努力できないな。

ジャカルタで週末何しているんですか?

ってよく聞かれるけど、
仕事している時が楽しいからずっと仕事している。

2ヶ月に1回、
バリ島に旅行に行ったり、
日本に帰ったり、

色々しているけど、
どこ行ってももう仕事しているのか、
遊んでいるのか、
わからなくなっちゃったよ。

だって、楽しんだもん、全部。

「大人がマジで遊べば、それが仕事になる」

この法則、ほんとだよ。

ワヤンに恩返しをしたい、という気持ち一心で走ってきたけど、
少しだけ、少しだけだけど恩返しができているのかな、と思う。

ワヤンくんがあの時僕を誘ってくれたから、
ワヤン家の家族があの時僕を家族みたいに受け入れてくれたから、
あの時田口さんがインドネシアに連れて来てくれたから、
あの時田口さんが経験のない僕に商売をさせてくれたから、

あの時、僕が会社員を辞めて単身で飛び込んできたから、

返しきれないくらいの恩を数々の人が与えてくれたから、

何もなった僕が、
ちょっと前までニートだった僕が、
貯金も0円を切っていた僕が、

28歳4社4業種9店舗を経営できるようになりました。

誰だって、
想いと覚悟さえあれば、必ずできる。

大好きな人と、
自由で最高の人生目指して、
まだまだ俺は突っ走っていこうと思う。

大好きな人と最高で素敵な人生にするために。

追伸

長い文章を、
最後まで読んでくださってどうもありがとうございました。

感想や相談などは、
こちらまでいただけると、嬉しいです。

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