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バリ島へ、そしてその後

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バリ島へ出発、そしてその後。

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Picture by Ryan McGuire

ビッグになってくるわ!!!

と周りに言い放って日本を出国。

ビッグマウス気味に言い放って日本出てきたけど、
仕方ないよね、実績も何もまだないんだから。

とりあえず、言っとけ、やっとけ、って感じで、
言い放って後でどんどん帳尻合わせて行かないとね。

何が必要なのかもわからず、
何を準備して行けばよいのかもわからず、
保険も加入せず、観光ビザで入国。

何をするかもわからない、どこに住むのかもわからない。
師匠と決めた人が本物なのかもわからない、
自分が何をしたいのかも、
これからどこに向かうのかもわからない。

でも、決めたんだ。

何か一つ小さくてもいいから成し遂げるまでは何があっても日本に戻らない、と。

そんな強い意志と想いでバリ島に来たものの、

師匠からの指示は、

・日本の歴史を勉強しろ
・インドネシア語を覚えろ

この2個だけ。

経営とか、会社の回し方とかを勉強するつもりだったから、
若干拍子抜けした僕だったが、
とりあえず昼間はバリ人とたくさん話して、夜は風林火山の大河ドラマを見て勉強。

語学の取り組みに本気だった僕は、
僕がバリ人にインドネシア語で頑張って話しかけても
日本語が流暢のバリ人は日本語で返ってくることもしょっちゅう。

バリ島は日本語を話せるバリ人が多すぎて、
ついつい日本語を使ってしますので、語学の習得レベルが遅すぎる。

そして、バリ島は楽しいもののリゾート地なので、本気で働いている人はあまりおらず、
サーファーか、バリ島が好き、老後ののんびりみたいな人が多すぎるのではないか?

と、ここにきてやっと気が付いてしまった。

Picture by Ryan McGuire

完全に遅すぎる。。。。

こないだまでバリ島で、何をやってたんだ、自分。。。

僕はとりあえずインドネシア首都と、ネットで検索。

インドネシア首都、ジャカルタ。

どこだ、それ。

もっと検索していくと、

バリ島=沖縄。
ジャカルタ=東京

まさかの新事実が発覚。

なるほど、日本でいうなら僕は沖縄にいるのか。

一発人生かけて勝負しに来ているのだから、やっぱ大都市ジャカルタだよな、俺。

バリ島がインドネシアだということもバリ島に来てから知ったレベルの僕には、
ジャカルタという言葉は聞いたこともあるかどうかのレベル。

海に、クラブに、ビールに、リゾートに確かにここバリ島は最高!!!

でもでも、僕は遊びに来ているわけではない。

ジャカルタ行きを師匠に相談。

「ほな、ジャカルタ行くか!!!」と。

オッケーしてくれ、3日後にはジャカルタへ。

ジャカルタスカルノハッタ空港に到着。

カラッとして素敵な気候に、爽やかな空気のバリ島とは違い、
蒸し蒸しする気候に、どんよりした空気。

一瞬でわかる雰囲気、この場所住み心地最悪感。。。。

排気ガスにMAXに、荒い運転に鬼のような渋滞。

たった1時間滞在で感じる、
最悪の街ジャカルタ。

僕にでもわかるこの感覚。

でも、少し冷静に車内で、

バリ島=みんな住みたい。
ジャカルタ=みんな住みたくない。

ということは、ライバルも少ないのでは?
妙に冷静にそんなことを考えていた。

どんどん中心地に近づいていき、より一層の渋滞。

周りを見ると基本車は綺麗で、高級車もたくさん。
モールや高いマンションもたくさん。
一歩裏に入ると今にも潰れそうな家や、スラム街もたくさん。

高級車モールや高級車から貧しい人まで激しすぎ。

なんなんだ、この街は!!!

そんな第一印象ジャカルタ。。。

夜だったのでホテルに無事到着し、就寝。

次の日に、ジャカルタでの唯一の予定。
知人から紹介してもらった本田さんという方を訪問。

本田さんも駐在以外の方と会うのは珍しいそうで、
ましてやジャカルタでニートと会うのは初めてだったそうでびっくり。

当たり前か。。。

ジャカルタでニートなんて一体いるのかな、この街。

とりあえず、僕は本田さんしか頼れる人もいないので、
一緒にアパート探しをしていただくことに。

既に150万すらなかった僕は一刻も早くホテルを出たかったのです。

早く住居を見つけないと出費がやばい。。。
そんな思いから本田さんにマンション探しのお願いをし、マンション探しに。

この本田さん、
実はジャカルタ歴10年越えの超マンモス級にデカい会社の大社長。

田口さんからのお願いとはいえ、
よくも僕なんかニートのの相手をしてくれました、素敵すぎです。

大社長さんの本田さんは住居も一流マンションしか知らず、
僕にとっては高すぎな物件を何個も1日かけて紹介してくださいました。

本音を言えば高すぎでもっともっと安いところが良かったのですが、

1日中ジャカルタのアパート探しをアテンドしてくださって申し訳ない気持ちと、
この日のアテンドを逃すとどうやって家を探したらよいかわからない

という理由から、数件見た中の1番安物件をなくなく選択。

光熱費別月6.5万円。
予想外の1年間払いで約78万いきなりの支出。
更に予想外の敷金1カ月分で約84万円支出。

手持ち既にして残り50万

Picture by Ryan McGuire

ガーン。。。

大丈夫か、俺。。。

一瞬ヘコむも、とりあえず1年分の住居は確保できたなと無理やり思うことに。。

それに加え2ベットルームを借りたことにより、
田口さん田口さんの周りの方が来た時には泊めてくれと40万を払ってくれ、ちょっとラッキー。

無事に家が決まってほっとしたのもつかの間、

タクシーは高いからバイクに乗りいや、しゅう!
と半ば強引にバイク中古センターに連れて行かれ、バイクを購入することに。

僕、道もしらなければ免許もインドネシアで持ってないのですが、平気ですか?

と、聞くと

「余裕や。」とあっさり。

僕、保険も入ってないんですけど、、、

と、続けると、

「気ぃつけや!」と。

僕の観光ビザではそもそも購入することもできず、
唯一知っていた本田さんの運転手の名義をお願い倒して借りることに。

中古のヤマハミオを10万で購入。

高い。。。
高すぎる。。。

1週間後に納品ということで、その日は手付金を支払い帰宅。

その後師匠とジャカルタをプラプラ見学しジャカルタに3日後師匠は、
「ほな、頑張ってな、何かあったらすぐ連絡してくるんにゃで」と師匠はバリへ。

「いつ頃ジャカルタに次来られるんですか?」と聞くと、

「来月や、それまでに商売のネタ見つけるんやで」

凄く放任主義の師匠に、茫然とする僕。

びっくりする位不安に襲われて寝るアパート初日の夜。
色々な新しいことが重なって疲れた僕はゆっくり寝るはずだったのに、
朝4時半に不気味な音で起床。

イスラム教の音が大きすぎて、
僕の部屋をめがけてスピーカーを備え付けている様な感覚。

これはやばい。
どうやら1日5回、しかも毎日この音が鳴るらしい。

すぐに本田さんに電話し、

「この部屋やばいです。。。。
音がうるさくて、僕の部屋めがけて音ならしてきます。」

というと、笑って

「それ、1週間して慣れなかったらジャカルタでの生活は難しいと思うよ。
どこにいても、ジャカルタは聞こえるからさ、でもすぐ慣れるよ。」

絶対嘘だ、慣れるわけないし。。。
本田さん10年もジャカルタに住んでいるから絶対麻痺しているだけでしょ?

バイクを取りに本田さんのドライバーとバイク屋に行き引き取り、
そのまま運転して、当然のことながら自宅に帰ることに。

あ、僕道わからない。。。

とりあえず雰囲気だけ聞いて、その方角に進んでいくことに。

砂ぼこり最悪。
排気ガスので喉痛い。。。

ジャカルタは車専用道路とバイク専用道路が急に別れたりするので、
当然のごとく違えて、警察に逮捕。

無免許運転もバレも、警察と語学の問題で会話できずで、
なんとか1000円のおこずかい渡して乗り切る。

道に何度も迷い、
合計2回も警察にその日捕まりなんとか3時間以上かけて自宅に到着。

もう嫌だ、ここ。。。。

希望と自信しかなかった気持ちも既に撃沈し、
絶望と不安しか見いだせなかったよ。

心配していたイスラムのお祈りの音は、
本田さんがいう様になんと3日目には特に気にならなくなりました。

お祈りの音にも慣れ、
マンションの生活の消耗品や備品など買う予定も一段し、

毎度のごとく、
うーん、毎日何しよう。。。

日本にいれば友達もいるし、TVは日本語で楽しいし、
いくら仕事がないと言っても何でもあったけど、
この場所は本当に孤独死するんじゃないかってくらい何もなく、
知り合いもジャカルタにおらず、言葉も話せず孤独感がすさまじかった。

でもそんなこと言っててもはじまらないので、
日本語の辞書をインドネシアにあった紀伊国屋で買い、

勉強スタート。

幸い街の人は暇そうな方も多く、
ブラブラしていると気軽に話しかけてくれたり、
辞書を使いながら話すめちゃくちゃな僕のインドネシア語にも耳を傾けてくれたりした。

もうあのバイク警察事件より、
バイクはこりごりなので、バス移動というものをその頃覚えました。

バスは20円のと35円のバスがあり、
35円の方はクーラー付きバス専用レーン有り。

ジャカルタのバスには日本人なんか全然乗ってなくって、
渋滞もスイスイ行ったし、タクシー乗るより早かったことも結構あった。

色々な人が色々なところで、
ジャカルタでバスは危ないよ?とか道歩くと襲われるよ、屋台でご飯食べるとお腹壊すよ、
なんて言われているけど、

お前らまず、本当に乗ったことあんのかよ?

って思うよ。

そりゃ当然バックをスリに合わないようにしっかり持つとかはするけど、
少なくても僕は危ない思いしたことなんてない。

【みんな】のいう意見に騙され過ぎちゃうのも危険だよね。

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はじめてのパトカー護送。

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そんな僕も結構大変なバスでの経験があってさ、

僕の住んでいた場所っていうのが<クニンガン>っていう地区だったんだ。

<コタ>っていう中華系の街までバスで遊びに行って、
その帰り道、バス停まで行こうとしたらその途中で

「クニンガンクニンガンクニンガン行きだよ~!」

って呼び込みしていて、

めっちゃ綺麗な大型バスで。

お。ラッキーって思って、
はいはいー!と乗り込んだんだよね。

35円が通常なのに800円位要求されてさ、
高いなあ、でも座り心地良いし、良いバスだから高いんだな、これ。

位にしか思ってなくて、

勝手に外から売店のお兄さんがバスの中に入ってきて、
お菓子売ったり、飲み物を売ったりしてて高級バスは違うな、
なんてのんきに考えているうちに出発。

高速道路とか乗り出しちゃって、
ジャカルタの地理がわからないながらも、

ちょっとおかしいなー、と思ったんだけど、

高速乗った方がきっとクニンガンに着くの早いんだろうな、

やっぱ800円のバスは高速移動なんだなーなんてのんきに考えつつ、

バスの揺れと疲れと座り心地の良さからうとうとしちゃって。

気が付いたら1時間半位経過してて、
さすがにこれはおかしいよね、と不安が襲い、

周りに載っている人に、
クニンガンに向かっているんだよね?と聞くとそうだという。

安心してそのまま乗っているが、絶対におかしい。

高速道路を永遠に走っているし、
着きそうな雰囲気も全くなし、辺りも暗くてよくわからないけど、田舎。

そう思うけど何度聞いても、

クニンガン行き、そう言われる。

やばいとわかってても、
高速走っているから降りようにも降りれない。

サービスエリアなんていうのもない。

だから、出発前に物売りのお兄ちゃんがいたのね、
なんて考える余裕もなく、

絶対にやばいよこれ・・・・。

辺りもどんどん暗くなり、周りも就寝モード。

あ。

インドネシアの携帯はただ話すだけの携帯だったが、

僕は日本の携帯(アイフォン)も持っており、
アイフォンにはGPSというのがあったんだった。

海外ローミングをすると高そうだなと思うも、
この状況は非常にピンチなので調べると、

既にここはジャカルタではなく(こんだけ走ればそりゃそうなのだが)
やっぱりどこか違うところに向かっている。

僕は拉致られているのだろうか?

色々調べていると、

まじかよ?
インドネシアにはクニンガンというのは2個ある。

まさか。。。。。。。

僕の知っている方ではないクニンガンを指さし、
ココのクニンガンに行くのか?と、聞くと、

そのまさかだった。

終わった。。。。。。

Picture by Ryan McGuire

その便、
朝4時に着く夜行便だったのだ。

既に深夜1時を回っている。

僕はジャカルタのクニンガンに行きたいんだと伝えると、
バスの中にいるほとんどの人に伝わり、大爆笑が起こる。

朝方着いて、
いつジャカルタまで戻ってこれるのかわからないし、

もっというと、
カードも何も持ってきてないし、お金は現金2000円位しかない。

これではホテルに泊まることも、
タクシーに乗って帰ることもできない。

帰りのバスがいくらかもわからない。
そもそもジャカルタ行きのバス停までいくらかかるのか、どこで乗るのかがわからない。

どうしよう。。。

慌ててもバスは走るばかりでどうしようもできないので、
もうどうにでもなれ、と諦めて寝ようとしたが全く寝れず。

周りのインドネシア人とあーだこうだわめいていたら、
交番の横でバスの運転手がストップ。

運転手さんやバスの乗客が交番を探してくれ、そこで降ろされることに。

クニンガンを間違えちゃって、
僕はジャカルタのクニンガンに行きたいんだと伝えると、またもや警察官爆笑。

バスはここからじゃ乗れないし、
タクシーもそんな遠くまで行ってくれる人はいない。

この時間じゃどうすることもできないね。
そんな風なことを言っていたように思う。

警察官も暇だったのか、
お金になるかと思ったのか、

「じゃ、送ってこうか?」

うん!!!!!!!ありがとうありがとう。

やっぱり警察。親切だなあ、ありがたいな、と思っていたのに、

あ、でもガソリンもないし、
ご飯も食べなきゃいけないし、
もうすぐ仕事も終わりだからな、

とか、ブツブツ言い始めちゃって。

わかった、わかった。
きっとこれでしょ、お金ならあるよ、そう伝えると、

一言、OK。

本当は2000円しか持ってなかったんだけど、
本当のこと言ったら絶対にこのまま野宿で一生自宅に戻れないかもしれない、

そんな思いから、嘘をついた。

とりあえずジャカルタに戻ってから正直に話そう、
じゃないとこのままだとやばい。

警察はご丁寧に、
深夜なのに対して混んでない道路をサイレンまでつけてくれて爆走。

クニンガンの家に着いてから、
ちょっと待ってて、お金持ってくるってお金渡したら2万円も要求されたよ。

そんなことよりも、
無事に家に着いて本当に良かった。

今でこそ笑い話にできるけど、
この経験はまじでびびった経験だったよ。

もうやりたくないね、これ。

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日々の日常生活

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現地のおそらく過去日本人と話したことがないであろう子たちと一緒にご飯食べたり、
モールに遊びに行ったり、買い物したりしていると、
無駄な時間を過ごしてんだというような日々でも3カ月もそれを続けると、
なんと、なんとなくだけどインドネシア語が話せるようになった。

もちろん何言っているかわからないことも多い
もちろん伝わらないことも多い
もちろん言いたいことが言えないことも多い

けどけどけどけどけどけど、

僕はインドネシア語でコミニケーションが取れるようになったのです。

その3ヶ月の中には、

言語が通じないストレスから日本語で会話をしたくて友達に1日中電話してたり、
上村さんに現状の報告をしてみたり、
インドネシア語の勉強と自分に言い聞かせて、
海賊版の日本のドラマ(インドネシア語字幕)のを引きこもって見まくってたり、

色々あったけど、

少しコミュニケーションがインドネシア語で取れたことがとっても嬉しかった。

英語は何年間勉強しても全然できるようにならず、

どーせ僕は頭が悪いから、

と語学を勉強するの諦めようかと思ったこともあったけど、
インドネシア語の勉強を諦めないで良かった。

なんとなく言葉ができりるようになってからは少しずつインドネシアの事情がわかるようになった。

・ジャカルタにも最低賃金というものが存在すること
・賃金・家賃が毎年びっくりする位値上がりしていること
・とんでもないお金持ちが存在すること
・日本車が日本で買うより2倍すること

などなど

旅行ではわからない、
言語がわからないとわからない、
生活してみないとわからない、

そんな色々と出会いました。

生活にも慣れ、
それに比例して銀行の残高は緩やかにかつ確実に減っていき、

日本の友達のフェースブックには日々の出来事や、飲み会が楽しそうに載っているのを見ると、

・あれ、僕ここに何しに来たんだっけ?
・あれ、こんなことしに海外来たんだっけ?

そんなこと毎日毎日毎日寝る前に考えていた時期もあったけど、、

何かを一つでもいいから成し遂げるんだと決めた以上、
何か一つでいいから成し遂げたいという強い思いが上回ってた。

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海外で初めて過ごすお正月。

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25歳のお正月、日本に、実家に友達のところに帰りたかった。
25年目にして、はじめてお正月に親や親戚に顔を合わせない歳になった。

友達のフェースブックの写真で、
クリスマスだの、お正月だので華々しくアップされている写真を見て、

羨ましく思ったし、日本に帰りたいと思った。

Photo By Luke Pamer

自分の不甲斐なさと、寂しさに毎晩一人で泣いた。

日本を飛び出すとき、
何か一つ成し遂げるまでは、日本に帰らない。

そう自分との約束を守るため、
日本には帰らずジャカルタに留まった。

早く結果出して、
みんなの元へ報告しに行きたい。

早く結果を出さないといけないと焦る気持ちと、
寂しさと悔しさとが入り混じった複雑な気持ちで迎えた2012年でした。

1ヶ月半ジャカルタ生活が経過していた僕は、
さすがにナシゴレンとミーゴレンのローテーションには飽き、
見るのも嫌という風になってしまい、一人でろくにご飯も食べず泣きそうに過ごしていた元旦。

水が合わないのか、ストレスなのか、食べ物なのかわからないが、ニキビもできた。
昔からニキビなんてできたことがなかったからショックを受けた。

ジャカルタ唯一の知り合い、本田さんからのメール。
寂しくしているかな?お正月だし、お節でも食べに行かない?

行くーーーーーーーーーーーーーー。

お節がインドネシアでも食べれるんだということと、
日本人とお話ししながらご飯が食べれる!

ということが嬉しくて嬉しくて。

久しぶりに飲むビールと、お節料理が最高でした。
本田さん、どうもありがとうございます!!!

つづき、「初ビジネス!パートナーとの出会いと別れ」

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